分断された鉄道

西武安比奈線を歩く(前編)

2008.02.27

 

東京近郊に住んでいる、西武鉄道に詳しい鉄道ファン、もしくは廃線を趣味とする人であれば、西武安比奈線というものを一度は

聞いたことがあるだろう。埼玉県川越市にある西武新宿線南大塚駅より入間川に向かって伸びる、全長3kmにも満たないそれほど

大きくない廃線である。北海道の廃線のような壮大さは無いが、線路も残り、「廃」の風格はしっかりとある。

尤も西武鉄道では安比奈線を「休止線」としており、「廃線」ではないという。現在でも路線の籍は残っており、線路の土地も

西武のものである。その為か、線路や架線もよく残っている。ただ、踏み切り部分の線路がコンクリートで埋められている所や、

路線が道路の橋で分断されている姿を見る限りは、どう考えても廃線としか考えられない。

 

前述のとおり、この路線は3kmに満たない。一区間で終わりの路線である。とりわけ人口密集地を通るわけでもなく、引込線を

引くような大きな工場も無い。何故こんな所に建設されたのだろうか。

 

実は、安比奈線に科せられた使命というものは、入間川の砂利輸送であったのだ。

終戦後、日本は高度経済成長を迎え、ビルの建設ラッシュが始まった。そしてビルの元となるコンクリートの需要が高まった。

そこで、大都市近郊の河原を持つ川や、石灰が取れる山などには、次々と重機が入っていった。さらにそこで採れた砂利や石灰石などを

運ぶ路線も次々と建設されていった。昭和中頃の地形図を見てもらえれば分かると思うのだが、例えば中央線や南武線から多摩川に

向かって何本も線路が走っているのが確認できる。そのうちの1本が国分寺から多摩川へ延びる国鉄下河原線で、こちらは旅客も扱って

いたが、現在廃線跡はほぼ消えてしまった(線形だけは大体残っている)。

 

また現在の青梅線もその一つであり、こちらはもともと軽便鉄道が走っていたが、奥多摩の日原(にっぱら)から採れる石灰石を輸送する

目的で、さらには小河内(おごうち)ダム建設のために国に買収されて、奥多摩まで開業したという経緯を持つ。

埼玉県を流れる入間川も例外ではなく、そこで作られたのが安比奈線である。

 

しかしその後高度経済成長は終わり、まだ環境保護運動の高まりから、川での砂利採取が禁じられた。よって下河原線や安比奈線は、

路線の第一目的を失ってしまったのである。下河原線は東京競馬場への旅客輸送でなんとか存続していた(が、廃止された)のだが、

安比奈線は特に砂利輸送以外での目的を見出せず、ついに休止されてしまった。

但し西武は、安比奈線に車両基地を作り、この路線を再活用する計画があり、よって廃止には至ってないのである。

 

そんな安比奈線を、冬枯れの季節に訪れた。

車両基地計画で今後状況が大きく変わる可能性があるので、探索される方は早めのほうが良いかもしれない。

 

 

ようやく春の気配が見えてきた頃、私は安比奈線の現状を見てこようと、南大塚駅に降り立った。

平日だったこともあり、駅前も非常に閑散としていた。

西口を出て線路沿いの道路を少し川越方面へ歩くと、あっけなく安比奈線の線路が現れた。

ここは新宿線の線路からも丸見えであり、実際に電車に乗っていても、朽ちた架線柱が確認できる。

 

上の写真だと、簡単に敷地に侵入できそうであるが、実際は1m程の柵がある。

敷地に面するこの通りは人が頻繁に通り、柵を超えて入ることは難しかった(物理的には可能である)。

そこで私は………して、いよいよ線路に侵入したのである(ヒントは画像の中)。

 

木製の架線柱は、いかにも年季が入っていて、休止(廃止)後の長い年月を感じさせる。

架線柱には番号がペイントされており、一番初めに見た架線柱は「5」とペイントされていた。

 

線路は暫し家やアパートの間を抜ける。

ここは線路状態も良好で、架線もほぼ完全な状態で残っていた。

ここを訪問する人は多いらしく、歩いていてもなんら変な目で見られることは無かった。

 

線路はなおカーブし、入間川の方角へ進路を向ける。

こうして実際に線路の上を歩くことは、日常生活において殆ど無い体験であり、私は線路の感触を楽しんだ。

休止後40年近く経ってはいるが、保存状態はきわめて良好。まるで現役線のようである。

ここよりあと数十m先までは、実際に鉄道車両も走ることが出来そうであった。

そう、あと数十mで、電車が走ることは不可能となるのだ。

 

上の画像は、来た方向を振り返って撮影したものだ。

線路は国道16号線に突き当たると、ぷつりと途切れてしまった。

恐らく踏切があっただろう場所なのだが、道路が舗装され直されて、見事に分断されている。

 

…安比奈線復活に向けた第一の難関は、ここに違いないであろう。

もしこの路線を復活させるのなら、ここに踏切を作る必要が出てくる。

国道16号という重要な幹線に踏切を作るとなると、必然的に渋滞も発生する。

ここは立体化が必要だと思う(無論、車両基地が出来て、頻繁に列車が通ることを前提とした話だが)。

(西武による説明会によると、この地点は線路が国道をアンダークロスする形になるらしい。)

 

国道を越えると、一気に荒廃度が増してくる。

線路には雑草が絡みつき、線路自体が見えない所も多くなる。

そんな折、現れたのは錆びきった金属の物体。何と「踏切動作反応灯」であった。

これは勿論、この先の国道にかつて存在した踏切を予告するものであったのだろう。

数十年もの風雨を耐え続け、反応灯は今も、再び点灯するその日を待っている。

 

さらに進むと、謎の景色が現れた。

今にも倒れそうな架線柱に、わざわざコンクリートの支えが施されているのだ。

コンクリートの支えは完全に線路を塞いでおり、存在する意味が不明である。

…やはり休止線ということもあって、西武も完全に放置している訳でもなさそうだ。

只、これはやはり謎の存在である。

 

進むにつれ、周りの建物の密度が減っていく。

安比奈線の線路も、日光に当たる箇所が増えてきた。

そのせいなのかどうなのか、雑草がよく育っている。線路が完全に隠れてしまっている。

 

左の空地らしき所に、地元住民と思われる親子が線路を眺めていた。どうやら散歩らしい。

私がそこまで行くと、父親らしき人が私のほうを見て、「安比奈線はね、いい散歩道ですよ。」と言ってきた。

私が相槌を打つと、また線路を眺めはじめた。

 

尚進むと、今度はまたユニークな光景に出会った。

線路が、完全に花壇と化しているのだ。

…というより、植木鉢や発泡スチロールの中の植物は殆ど枯れていて、少し不気味であった。

このような「線路が花壇」状態は、他の廃線(休止線)跡でも見られたりする。

 

更にその先は…線路が歪んで、そこだけ標準軌になっている(笑)

更に雑草だけでなく土にまで埋もれてしまっている…。

 

…本当に復活するのだろうか。アヒナ線は。

夕暮れの中、まだまだ進む。

 

後編へ続く

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