分断された鉄道 西武安比奈線を歩く(後編) 2008.02.27
凡そ3km程度しかない安比奈線だが、沿線の景色がコロコロ変わって面白い。
前編は、南大塚駅から約1kmの区間を紹介した。
安比奈線の後半は、一気に田や雑木林が増えて、住宅街の中の廃線から枯草色の中の廃線となる。
それでは、残りの約2kmを紹介しよう。
枯れた花壇を更に行くと、線路は小さな川に差し掛かる。
勿論鉄橋の上を通るのがベストな方法なのだが、その鉄橋というものが、
枕木が朽ちきって、鉄骨がむき出しのかなり危ない状態にある。
実際に枕木に足をかけると、…撓んだ。
小川の幅は約2mで、飛び越せないことも無かったのだが、失敗したときがあまりに悲惨なので、迂回することにした。
この鉄橋の付近に小川を渡る橋が無く、凡そ700m程の迂回を強いられた。
…たった数mの鉄橋を渡れずに、数百mの迂回をする。チキンな管理人である。
しかも、ルートによっては200m程の迂回で済んだとか。地図を読む能力の無い管理人である。
鉄橋はかなり錆びているが、それ自体の強度はまだありそうだ。
只、鉄橋に落書きされているのが悲しかった…。ここも東京近郊であることを感じさせられた。
線路と道路が交差する地点には、看板が設置されていた。
しかし、その看板は朽ちていた。
そこには「立入」とあった。もとは「立入禁止」と書かれていたに違いない。
尤も、こんな看板では抑止力などあったものではないが。
さらに別の交差点(踏切)は、線路がこの有様であった。
撤去こそされなかったものの、アスファルトで線路の溝が埋められていた。
これでは列車が道路に乗り上げてしまうではないか(笑)
これだけ見ると、安比奈線は完全に見放された感がする。
線路の上には雑草など色々なものが堆積しており、どこが線路だか分からなくなっていた。
舗装された道が併走していたので、思わずそちらを歩いてしまった。
その先には、何やら木々が密集しているところがある。
ここからが、安比奈線のハイライトである。
安比奈線の象徴的景色である、通称「緑のトンネル」である。
この景色は雑誌等でよく取り上げられており、知名度も高い。
勿論、常緑樹以外は皆枯れて、随分と明るいトンネルだった(笑)
ここは今までとは違い、線路がくっきりと現れていた。
ここを、もし列車が走っていれば、有名撮影地になることは間違いなさそうである。
これは、県道の八瀬大橋(の取り付け道路)から見た安比奈線である。
先程の「緑のトンネル」からは、だいぶ離れたところにある。
その間の路線の状況は、知ることが出来なかった。
どうやら、ゆるやかなカーブを描いているようだ。
トンネルを抜けて暫く行くと、2車線の道路と交差する。
交差するとすぐに、鉄橋に差し掛かる。
この鉄橋も先程と同じく枕木が朽ちており、やはり自分には渡るのは困難だった。
鉄橋の下の水はやはり淀んでおり、それどころか耐え難い異臭を放っていた。
友人がここを通ったときは、水が枯れていて渡る事が出来たという。雨水が溜まったのであろうか。
ともかくここを渡る事が出来ず、また迂回することに決めた。
先程の2車線の道路を、南西方向へ進む。
常に右側を向いて、線路の方向へ行ける場所を探していた。
が、藪と不法投棄のゴミとで、とてもではないが降りられる場所が無かった。
そしてとうとう八瀬大橋のアクセス道路との交差点まで来てしまった。
仕方が無いので、ここで八瀬大橋へと右折する。
だが相変わらずアプローチは不可能で、とうとうこの写真の地点まで来てしまった。
安比奈線を紹介する他のページでは、ちゃんとこの区間を紹介できているので、そちらの方を参照されたい。
(因みに、写真に写っている影は、私のものである(笑))
この写真は、八瀬大橋を越えてさらに進んだ地点で、来た方向を振り返って撮影したものである。
ここへのアプローチへも、やはり苦労した。
わざわざ八瀬大橋の袂の交差点まで戻り、そこから橋の脇を下ってきたのである。
線路はオフロードコースの一部となっていた。
いよいよ河川敷の様相となり、終点も近くなってきた。
振り返って進行方向を見ると、立派な水道橋が見える。
しかし、線路の先は…。不吉な予感がする。
「ああー…」な景色である。
線路上には立派な樹が生え、更に先には…雑木林だ。
当路線の終点である旧安比奈駅は、ここからもう少し進んだ地点にあるのだが、私はここで引き返してしまった。
何故なら、帰りのバスの発車時刻があと10分まで迫っていたからである。
正直、駅まで歩ける距離なのだから、来た道を戻るのが良かったのだが、この時はとにかく焦っていた。
よく見ると、雑木林の左側に、通れそうなスペースがある。
どうやらさらに奥に進むには、ここを通るらしい。
復活計画で景色が変わってしまわないうちに、また行きたい所ではあるのだが…。
折り返し地点には、転轍機が倒れていた。
どうやらここは、2つの線路が分岐するポイントだったようである。
他のページで見たときは、この転轍機の黄色の部分が錆びていたのだが…。
塗装され直されたのであろうか。
すっかり枯草に覆われたポイントである。
私はこの景色を最後に、急いで来た道を戻った。
南大塚駅行きのバスは、橋の袂の交差点を、八瀬大橋とは逆の方向へ少し進んだ先にある「大袋」バス停から出る。
しかしそのバスは…一日3本。乗るバスは最終便である。
そしてどうにか私は、発車時刻の2分前にバス停に辿りついた。
しかし、10分待ってもバスは来なかった。
20分ほど待って、ようやくバスが到着。どれだけ時刻にルーズなのか、と思った。
これなら、旧安比奈駅の散策も出来た…。
バスに乗っても、なかなか南大塚駅には向かってくれなかった。
時には住宅街の細道をくねくねと行き、時には駅とは正反対の方向へ行き、結局30分近くかかった。
別の意味での疲労感と共に、私は西武新宿行きの黄色い電車に乗った。
チェックポイント |
到着時刻 |
南大塚駅 |
15:05出発 |
国道16号踏切 |
15:13 |
線路が花壇 |
15:20 |
遠回りの鉄橋 |
15:24 |
錆びた「立入」看板 |
15:38 |
緑のトンネル |
15:48 |
異臭の沼 |
15:54 |
八瀬大橋分断地点 |
16:03 |
ポイント跡 |
16:25 |
◇補足 八瀬大橋について
Web上では、八瀬大橋は安比奈線を巡る上では大きなポイントとされていることが多い。
それは、八瀬大橋に取り付く道路が、安比奈線を完全に分断しているからである。
ただ、多くのサイトでは「八瀬大橋(の取り付け道路)が、線路を分断している」とだけ書かれていて、
何故か肝心の八瀬大橋について紹介されていないことが多い。
そこで、自分なりに、この地点について考えてみることにする。
無論、安比奈線が現役だった頃は、このような道路はなかった。それどころか、八瀬大橋も存在しなかった。
昭和36(1961)年の航空写真では、安比奈線の現役時代を見ることが出来る。安比奈駅も勿論ある。
それから13年後の、昭和49(1974)年の航空写真を見ると、橋が完成している。
だが、次の2枚の写真を見てもらいたい。
まずは、昭和49年の航空写真である。
次に、平成20年の航空地図を。
一目見ただけで、違いがお分かりいただけるだろう。
そう。今と昔と、取り付け道が全然違うのである。
つまり、昭和49年の時点では、安比奈線が道路に分断されていなかったのである。
更に1989(平成元)年の航空写真を見ても、この道筋となっている。
故に、安比奈線は、平成になってから分断されたということになる。
ここで、Wikipediaよりこの橋について調べてみると、
「起点から入間川にかかる八瀬大橋までの狭隘区間を避ける形で、川越市大袋新田交差点(国道16号交点)から
直線的に八瀬大橋までを結ぶ新道が作られている(片側1車線)。」(“埼玉県道114号川越越生線”の記事を引用)
とある。つまりは、
「上の「旧取り付け道」を始めとする旧道が狭かったために、快適なバイパスを作りました。え、安比奈線?そんなの関係ありません。」
という感じで新道は作られ、安比奈線は分断されてしまったのであろう。
では、もし車両基地を作るとなると、この地点はどうなるのだろうか。
西武の説明会によると、「高架で取り付け道の上を行く」という。
更には取り付け道を跨ぐ場所も変わるらしい。
実は現在の旧安比奈駅附近一体は入間川の河川敷であり、車両基地を建設するのは不可能だという。
そこで、旧安比奈駅から南へ行った、川越総合卸売市場の北側附近に車両基地を作り、
取り付け道との交差も、今より南側になるという。
ここまで来ると、もはや休止線を復活させるというより、新線を建設するという感じである。
完成するのは何年後になるか分からないが、何れにせよ、安比奈線が現状のままこれから何十年も過ごしていくことはなさそうである。
西武安比奈線。これからの動向が気になるところである。(終)
【画像の出典】
国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステム 空中写真「八王子-27・昭和49年撮影」 作者一部改造
Yahoo!地図 埼玉県川越市池辺附近の航空写真 作者一部改造