東関東一筆書きの旅

2005.01.31

 
 

 

 

 

 

 


初めての一人旅に満足した私は、そのおよそ一ヵ月後に、2回目の日帰り旅に出発した。

当時はまだ、関東近郊でもボックスシートの列車が多く残っており、楽しませてくれた。

今思えばあの時、もっと旅をしておけばよかったと思っている…。

 

冬の寒さが一番厳しい頃、私は東北本線に乗り、栃木県の小山まで来ていた。

東北本線のホームとは少し離れた位置にある水戸線のホームには、今は無き415系の鋼鉄車。

今では全てロングシートの車両に置き換わっており、旅情は半減してしまった。

車内はガラガラであり、座席の確保も容易であった。

窓を開けると、後ろのボックスシートに座っていた老婆が閉めてくれといったので、閉めた。

 

進行方向右側に座った私は、ボックスシートの旅情を楽しみながら、窓の外を眺めていた。

遠くには、雪煙る日光(那須?)連山が見えた。

 

やがて電車は、丘陵地帯に入る。雲の無い、冬晴れの一日であった。

車窓は平凡だったが、友部へ至る凡そ一時間の行程は、とても充実したものであった。

 

友部に到着した私は、常磐線の上り列車で我孫子へ、さらに成田線で成田へと向かった。

とくに変わった印象は無く、雑木林や田畑と家並が続く景色だった。

 

さらに成田で乗り換えて、銚子へと向かった。

あまりに空いていたので、冬だというのに人目も憚らず窓を全開にし、どこか潮のにおいがする

千葉の冬の空気を味わった。

 

電車は利根川に沿って進む。佐原を過ぎると自然が目立つ景色となった。

私が窓を全開にしているせいで、車内は暖房をつけているにも拘らず寒かった。

近くの人が私を睨んだ(様な気がした)ので、窓を閉めた。

…冬に窓を開けるという非常識な行為、反省すべきだと思っている。

 

私を乗せた電車は、終点の銚子に到着した。

ここで1時間ほど時間があったので、私は駅から出て、駅から伸びる道をまっすぐ進んだ。

数百メートル進んだところで道は突き当たり、その先には坂東太郎の異名を持つ利根川が流れていた。

ここはもう利根川の河口であり、対岸までは1km以上はあったと思われる。

その景色の広さに、私は10分ほどそこに居座った。

 

利根川から戻り、お土産を買って、構内を散策してみた。

JRのホームの一番東側に、銚子電鉄のホームが存在する。

この駅のシンボル的存在だった駅舎の風車は、今は外されてそのままである。

この時は銚子電鉄に乗らなかったが、そのうちに乗りにいきたいところである。

 

約1時間の滞在を終え、銚子駅より総武本線経由の千葉行きに乗車した。

松岸を出発した頃から眠くなり、半分寝ていた。

気がつくと外は夕焼けに包まれており、景色が橙に染まりつつあった。

佐倉を過ぎると、もう真暗になっていた。

旅の心地よい疲れと共に、私は西へと戻っていった。

 

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